2月7日(日)

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 午前中にレッスンが1コマ、午後からはサントリーホールで牛牛(ニュウニュウ)君のショパンエチュード全27曲のコンサート。
 風が強くて駅までたどりつくにも難儀した。そういえば、おちゃめさんもそう言っていた。
 子どもというのは、ほんの少し会わなかっただけで背が伸びていたりするものだ。
 去年10月のニュウニュウ君も凄かったが、今日は凄さがさらに際立っていた。彼は、もはや少年ではなかった。それは作品10-1が始まった瞬間にホールの我々を襲った。ポリーニよりも速いテンポ、フレデリック・チュウよりも密やかなピアニッシモ。そして軽やかさ。10-2のテンポの速さもレガーティッシモも、今までの誰よりも際立っていた。もう、天才と言うしかない。
 しかし、これは手放しで褒めているわけではない。去年の演奏のほうが好感が持てたからだ。
 今回も鳴り止まぬ拍手に応えて、山のようにアンコール曲を積み上げた。最初に弾いたグルックの「妖精の踊り」は、今日一番の演奏だった。これは意外で見事な選曲だった。ところが、4曲目くらいに弾いた幻想即興曲は冗談で弾いているのかと思うほどのテンポで、録音の早回しを聴いているようだった。彼自身、無理があったのか、ミスをして弾き直す場面もあった。
 まあ、これだけ弾けるのだから、まだまだ伸びしろのある彼の将来に賭けるというのが本当だろう。とにかく不世出のピアニストの一人であることは間違いない。
 ホールでは作曲工房関係者が8人。横浜のSさん母子もおいでになっていた。
 帰路、今日1日母の病室に詰めていたカミさんから病状の変化を告げるメールが着信。京浜東北線を東十条で降りて急ぎ足で向かう。
 病室には“たろ”、“海”をはじめ、妹夫婦など野村ファミリーがはせ参じていた。母は熱が高い。私はすぐに十条駅から自宅に戻り、今度はクルマで父と“風”を連れて病室に戻った。その後、熱も下がり始め、容体も安定したので全員撤収。はからずも、家族の機動力を検証する結果となった。
 「おばあちゃん。あたし、明日も来るから。じゃね」
 いつの間にか、末っ子の“たろ”が頼れる印象に。大きくなったのはニュウニュウ君だけではなさそうだ。