修復家だけが知る名画の真実

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 午前中、父を病院まで送るように頼まれ、私も気になることがあったので同行。待合室で「修復家だけが知る名画の真実」を読了。名著。楽譜の校訂にも通ずるところがあり、レスナーは必読。
 吉村絵美留(よしむら・えみいる;本名)著、青春出版社2004年1月15日第1刷 750円+税。新書判、195ページ、文章が簡潔で読みやすいので通読なら2時間。手許に置いて繰り返し読みたくなる数少ない1冊。
 京都・森田ピアノ工房で実際にヴィンテージピアノの修復についてお伺いした時に「以前為された誤った修理をオリジナルに戻してから修復に入る」と教えてくださった。それは徹底していて、資料写真と比べてピアノの脚部のデザインが異なれば、オリジナルの図面を起こして復元してしまう。ハンマーは消耗品だが、交換はせず、ヨーローッパに送ってフェルトのまき直しをして、ハンマーの木部は残す。確かに、全く同じ密度・重量のハンマーはないだろうから、オリジナルを保つことは重要だろう。しかし、オリジナルが必ずしも素晴らしいとは限らない。オリジナルの設計が剛性不足であれば、必要な強度にまで補強する。それにはオリジナルの設計者も賛同することだろう。整音に関しては、どのようなピアノでも出荷後は調律師によって整音され、ピアノ製作者がその全てに関わることはできない。
 絵画の修復は芸術家と科学者、美術史家の3つの視点を持たなければならない。
 ピアノを演奏する時も、ドビュッシーの「前奏曲集第1巻」などの場合には原典版こそが最も正しい理解にたどり着けるが、第2巻となると優れたピアニストか校訂家による運指の指示が欲しくなる。バッハを原典版で弾くということが以前流行したけれども、それはかなり無謀だろう。平均律曲集の校訂版などは星の数ほど出ているが、それが選択を余計難しくしている。バルトーク校訂版がもっともよくバッハの考えを伝えていると思う。
 最近国内で出版されたソナチネ校訂版も多少混乱した内容で、演奏者に多くの研究課題の解決を求めている。伝統的に使われているソナチネアルバムも作曲者の意図を全て表現しているとは思えないので、学習用の校訂版が必要であることは確か。いずれは、作曲工房関係者で分担してレッスン用に校訂された「ソナチネアルバム選集」を編纂したいものだ。