7月10日(土)

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 今日は、ちびまゆママが、リュシー・メソッドの基となったマティス・リュシーの「音楽のリズム(要約版)」を見せてくださった。とても難しいメソードで、用語の定義を読むだけでも大変。
 ウラノメトリアとの最大の相違点はペリオーデの区切り方。リュシーは旋律線の一部であるフレーズがペリオーデ区分を決定するので、アウフタクトは加速。それに対してウラノメトリアは小節線にペリオーデの区切りを見いだしているので、小節線をまたぐアウフタクトは減速。どちらを自然と感じるかによってリュシーメソッドとウラノメトリアの選択が決まることになるだろう。
 なお、全てを読んだわけではないので詳しいことはわからないが、ペリオーデ表現によって生じる、いわゆる “ドレドレ感” に関する記述は見つけることができなかったので、その差異については不明。
 
 昨日見つかったバックアップディスクは「大人のための発表会曲集2001」の大半のデータを含んでいるので、曲集の復元が可能かも知れない。問題は時間がないこと。ウラノメトリアが終わらなければ次へ進めない。今日は失われていた楽譜データを1曲ずつチェック。なんと楽しい作業だったことだろう(まだやっている最中)。

 最後に、カミさんから聞いた話をひとつ。
 テレビでコンタクトレンズに起因する「アカントアメーバ角膜感染症」による失明の危険性について“たろ”に話したところ、次のような反応があったという。
「え〜、困る。絵が描けなくなったら作曲でもしなくちゃ。あたしは与えられたものだけじゃ生きていけないよ」
 それ、分かる。クリエイターの本音だろう。クリエイターが必ずしも勤勉とは限らないのだ。大型回遊魚が泳ぎ続けていないと死んでしまうように、クリエイターも生み出し続けていないと窒息してしまうというだけのこと。かくして、世の中は不要な創造物で溢れていく。