9月9日(金)

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 秋が来たかと思っていたら、今日は夏に逆戻り。暑く、湿度の高い一日だった。

 ちょっとしたアイディアなどでウラノメトリアを書き進める気はなくなっているのだ、ということに今日気づいた。
 今までのものより良いものを書こうというのとは少し違う。過去のウラノメトリア収録作品は、それぞれ今では書けないものばかりなので、それはそれでいい。10年前に作曲を進めていた第1巻を今になって書くのはもう無理なのは自明の理。要するに、今の私の曲を書かなければならないのだ。
 もう、遙か昔。若い私の耳にはベートーヴェンが過去の音楽に聴こえていた頃、日フィルの英雄交響曲を聴いて目が覚めた。私が、作曲された当時の人の耳になって、この曲を聴いたのだ。その斬新さ、先進性に気づいたどころか、それを超えて前衛的でさえあった。彼はコンテンポラリーだ。
 ここからは話が早い。たちまちいろいろな曲が異なった聴こえ方で私のまえに現れた。
 嬰ハ短調弦楽四重奏曲(第14番)はバルトークを先取りしているし(バルトークがハマっていたのかも)、ピアノソナタ実験音楽の場だったに違いない。第32番(作品111)の第2楽章にいたっては未来の音楽だ。
 バッハ晩年の作品も同様だ。作曲されたばかりだと言われたら信じるだろう。
 1970年頃の、忌避音だらけの不協和音を過去の音楽語法のまま鳴らした「現代音楽の皮を被った化石」のような曲を量産して“見かけの新しさ”を装わずにはいられなかった作曲家が気の毒でならない。
 当時でも本物の作曲家は少なからずいた。本物の作曲家は、その時代の音楽語法で、その時代の響きを追求していた。しかし、中にはコンテンポラリーな耳を持つに至らず、手っ取り早く現代っぽい曲に聴こえるように、古色蒼然としたアイディアに不協和音をかぶせた。その不協和音も、綿密に練られたものではなく、避けるべき音が分からなかったために変化の乏しいグレーな響きになってしまったのだった。
 当時の聴衆の誰もが優れた作品とそうでない作品の区別がついたわけではなく、玉石混交のコンサートなのに正しい評価がくだされたわけではなかった。
 機能和声におけるC DurのI度からVII度までのすべての「13の和音」は、全く同一の構成音を持つ。カデンツをI度の13、IV度の13,V度の13で書くとわけがわからなくなる。そうならないためには、不要な音を取り除いていくしかない。取り除かれた音が忌避音だ。言葉で言うのは簡単だが、ドビュッシーラヴェルはそれを見事にやってのけた。さらに、そこにオルタードな(そのスケールから外れた)構成音をプラスして幻想的であったり、妖艶であったりするような音楽を書き上げた。
 では、現代では何をすればよいのか。ジョン・ケージが音楽の地平線を徹底的に広げてしまった後は、響きが斬新である、などということは昔ほど重要ではなくなってきている。
 今こそ、作曲家は過去のすべての音楽から学ばなければならない。時代は反映されるべきだけれど、新しいとか古いなどということのない音楽を、最良のインスピレーションに乗せて綴っていくべきだ。
 シンプルなI-IV-V-Iのような曲だって、まだまだ限りなく名曲が書けるはずだ。「そういう音楽は、すでにやりつくされた」と発言するような作曲家は、自らのアイディアのなさを公言しているようなものだ。
 
 さあ、このくらい自分の首を絞めるようなことを書けば、もう退路は塞がれたも同然だ。明日から、のたうち回って新曲を書くことになるだろう。

 今日の午後は、乗りもしないのにカーナビのマップ情報を更新した。とても時間がかかって、午後をすべて費やしてしまった。激安のカーナビで、かつ3年間マップ情報の更新が無料というラッキーなカーナビなのだが、こんなものでさえ、人の時間を奪うことがよく分かった。時間泥棒からは遠ざからなければならない。