メディアの力

 各メディアは北京オリンピック報道に全力を投じているように見える。
 高額な放送権料を支払った関係もあって、それなりの視聴率を上げてスポンサー料を勝ち取らなければならない事情もあることだろう。
 しかし、ここで世界中のメディアがグルジア南オセチアに大量の報道陣を送り込んで、そこで行われている非人道的な行いを“犯人”が特定できる映像として報道したらどうだろう。実際には夢物語であるが、次のような設定とする。
 送り込まれる世界のメディアはカメラ10万台、ジャーナリスト5万人規模として、食料やバッテリー、衛星中継によるネット環境整備などにあたる後方支援部隊5万人。それらの費用はすべて全世界からの寄付によって賄われる。すぐには無理でも、この力が認められれば各国の経済状況に応じて、ひとり10円から1000円くらいの金額で数億人の篤志家が寄付すればよい。有名人が売名行為で寄付しても大歓迎である。
 戦争状態の時に、攻撃側にとって最もありがたい状況が匿名性と秘匿性である。ジャーナリズムは、その逆の性質を持つ。
 兵士が誰かに銃口を向けた途端、カメラの砲列が兵士を大写しにする。どんなに重装備で顔かたちを隠しても、軍服の糸のほつれまで映し出して後で個人を特定できるほど精細なハイビジョン映像を世界に配信する。そしてジャーナリストがそれを実況中継する。軍用車両がやってくれば識別番号や、あるいは傷跡などの個体差を記録して後で照合できるようにする。誰が発砲し、誰が残虐な行為を行なったかが明らかになるほどの徹底した報道戦線である。そして、これらの撮影は全て自動ロボットが行なう。ジャーナリストやカメラマンは、戦闘地域からはずれたところでロボットカメラたちに指示を出す。天候に左右されるが、数が揃えば報道衛星などというものも役立つかも知れない。
 一般市民に銃を向けた途端、数十台のカメラロボットに取り囲まれて瞬時に世界中に映像が配信されたりしたら兵士たちも動きにくいことだろう。ロボットを倒そうにも、数が多くて距離もさまざまで1台残らず破壊していたら戦闘に入れないほどならなおよい。
 後に裁判で誰が何を証言しようが、全て映像が記録してあれば薮の中では済まされないことだろう。

17時

 午後、レッスンと作曲の合間に録画しておいたNHKスペシャルの「解かれた封印」を観る。ジョー・オダネルというアメリ海兵隊員によって撮影された被爆直後の長崎の写真30枚をめぐる物語。これは世界中の人々に観て欲しい番組だ。何を書いてもネタバレになりそうなので詳細は省く。つまり見逃した人は再放送をということだ。8月27日(水)深夜、つまり28日(木)午前0時45分から1時34分まで。予約録画したらDVDに焼いて保存すべきだろう。

番組HP
http://www.nhk.or.jp/special/onair/080807.html

 これから今日最後のレッスン。