10月7日(火)

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 この2週間ほど、楽譜の修正作業などは行なっても、作曲しようなどとは全く思わなくなってしまった。今は、言葉の海を泳ぐことが最優先という気がする。曲のタイトルを考え始めた当初は“気の利いた”洒落たものにしようとアイディアを練っていたに違いないのだが、今では考えがすっかり変わってきた。たとえば「静けさ」というタイトルを美しいと感じたりする。もちろん、曲とのマッチングの問題だけれど、何気ないのに美しいというタイトルまでたどり着きたいものだ。
 大学を出て間もなく、有料のコンサートでピアノ曲が演奏されたことがある。もしかしたら、それがデビューになるのかも知れないが、その時の曲名が「扉(とびら)」という組曲だった。おそらく新しい世界へ入って行く扉を意識しての命名だったのだろう。しかし、扉は開かれなかった。

 鏑木清方(かぶらき・きよかた;1878-1972)の「築地明石町」「三遊亭円朝像」「一葉(樋口一葉)」の素晴らしさがようやく分かるようになってきた。見れば見るほど天才的な観察眼である。日本のレオナルドと言ってもよいのかも知れない。そこに描かれた下駄、下駄の鼻緒、着物、朝顔、握りバサミ、どれをとっても、それらの実物を作っている職人たちを唸らせることだろう。

 22時30分追記

 今朝、ニュースで緒形拳さんの逝去を知った。中学生の頃、父親から渡された松下竜一さんの著書「豆腐屋の四季」を読んだほうが先か、テレビドラマを観たのが先か定かではないが、ドラマでは緒形拳さんが主役を演じていた。そのイメージが鮮烈で、その後の緒形拳像がかなり固まってしまったと思う。「必殺仕掛け人」の藤枝梅安のイメージが強い人もいるかと思うが、私には違和感があった。惜しい人を亡くした。心より冥福をお祈りいたします。