10月28日(火)

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 ニュースは株価の動きばかり伝えている。過去の株価の動きと、その時のニュースを検索してみると、10年前でも5年前でも去年でも、それらは極めて短時日における相対価格を問題にしていることが分かってきた。まさに一喜一憂の世界だ。
 単なる資金の移動(泥棒がいくら金を盗んでも世界の金の量は変化しないのも同じ)は富と貧困を生んでも価値は生まない。正当な投資は生産に結びつき、モノや価値を生む。ところが株価は、このどちらにも当てはまり、かつどちらにも当てはまらない要素を持っているようだ。株価が上がると企業は本当に資産と信用が増え、株価が下がると銀行などは増資までして対応しなければならない。株価の推移が連日報道されている理由もこのあたりにあるのだろう。
 株安と同時に円高が進行しているのもよく分からない。もともと経済には疎いばかりか全く興味がないので、急に調べてみたところで何かが分かるはずもないのだが、このままでいいわけではない。
 人類は再生可能なエネルギーサイクルを維持しなければ、自然も環境も経済も長く持つわけがない。1年間の地球の再生可能エネルギーを66億人の総人口で割れば、一人の人間が消費してもよいエネルギーの目安となるだろう。ちょっと調べてみると、日本は人口で世界の2パーセント、消費エネルギーが世界の5パーセントで、日本人一人平均で世界平均の2.4倍、石油に換算して4トンを消費しているということだ。だが、これは猛烈に浪費している現実の数字であって、再生可能エネルギーとは関係ない。石油は化石燃料だから本来ならば一人当たり数グラムしか使えないのかも知れない。
 未来は政治家に任せておくわけにはいかない。政治家の人数も頭脳も少なすぎる。もし、世界中の子どもたちに未来をどうしたらよいかと問いかけるような教育を行えば、未来を考え、託せる頭脳が何千倍にも増えることだろう。教育とは知識を授けることではなく、考える力を育てることだ。