12月7日(水)

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 高専ロボコン予選を毎深夜に放送するのは困りものだ。もうすぐ2時5分から近畿大会。
 鳥人間コンテストからショパン・コンクールまで、人が全力を尽くす場は全て神々しいではないか。
 我々が充実感を感じることができるのは力を出した時だけだ。力を出し切った時、初めて自分が何者であるのか知ることができる。ほとんどの場合、まだまだ大したことはないということを悟るのだが、それがなければ先へは進めない。
 「オレだって、本当はやればできるんだ」などと言っている人は、人生観が変わるようなことが起こるまで、おそらく何もできない。人は「やろうと思う」くらいでは動機としては弱く、なにかに突き動かされてやってしまうものだからだ。朝から晩まで、そのことを考えるのが楽しくて、あるいは強迫神経症のように「考えないことが怖くて」やってしまう人には誰も敵わない。「やらなくちゃ」などと言ってる人は最初から白旗を上げているようなものだ。
 今日は黛敏郎の「曼荼羅交響曲」にハマっていた。「涅槃交響曲」には入り込めないから分からないのだけれど「曼荼羅交響曲」は作曲者渾身の作だと思う。第2楽章の胎蔵界曼荼羅に登場する天上界のような旋律を私が書けるとは思えないが、書かなければヴァイオリン・ソナタは完成しないだろう(曼荼羅交響曲と少しでも似た曲を書く気はないので念のため)。
 明日の午後は「夜の幸いならんために」の皆さんとお会いする。楽しみだ。反響の大きさでは今までで一番。凄さよりも魅力が勝ったことが最大のポイントだったと思う。


>みわちゃんのリンクから。するどい記事だと思う。

ボツになった「テレビ産業壊滅の真相」記事